目次
一 はじめに
二 先行研究について
三 本書が目指すもの
第一部 討債鬼故事の成立まで
第一章 仏典および六朝・唐代小説における輪廻と復讐
一 はじめに
二 本生譚・仏教経典における輪廻
三 中国における亡霊復讐譚
1 輪廻を含まない亡霊復讐譚
2 顔之推『冤魂志』について
3 輪廻を取り入れた復讐譚(一)――六朝
4 輪廻を取り入れた復讐譚(二)――唐代
四 まとめ
第二章 転生して復讐する者たち 1――『日本霊異記』中巻第三十縁の背景
一 はじめに
1 『日本霊異記』中巻第三十縁について
2 先行研究と研究目的
二 『衆経撰雑譬喩』下巻「嫉妬話」
三 「嫉妬話」の中国における受容
1 『仏頂心経』下巻第三話ついて
2 薛用弱『集異記』佚文「阿足師」
3 『太上三生解冤妙経』
四 まとめ――日本人は何を受け入れ,何を受け入れなかったのか
第三章 転生して復讐する者たち 2――「党氏女」の周辺
一 はじめに――現存最古の討債鬼故事「党氏女」について
二 「党氏女」の特徴
三 「党氏女」の類作
1 「党氏女」の直接的な模倣作
2 「党氏女」の新たな展開
3 宋代以降の討債鬼故事へ
四 「党氏女」と「嫉妬話」系説話との比較
第四章 金額一致表現から見た畜類償債譚
一 はじめに
二 先行研究について
三 仏典から中国の志怪小説へ――借りた金は返さねばならない,という倫理の強調
1 仏典の畜類償債譚
2 六朝期の畜類償債譚
四 唐代における金額一致表現の登場
五 貸し手の希薄化―誰もが当事者に
六 まとめ
第二部 討債鬼故事の変容
第五章 冤家債主との葛藤――王梵志詩「怨家煞人賊」の解釈について
一 はじめに
二 王梵志について
三 「怨(冤)家債主」の変遷
1 仏教文献中の「怨(冤)家債主」
2 道教経典中の「冤家債主」
四 王梵志詩「怨家煞人賊」中の「怨家債主」
五 「嫉妬話」系統説話の子供たちと「冤家債主」
第六章 雑劇「崔府君断冤家債主」――父親の救済
一 はじめに
二 「崔府君断冤家債主」のあらすじとテキストについて
三 「崔府君断冤家債主」の作者と成立年代
1 文献の記載について
2 劇中の地名について
3 劇中の貨幣について
4 神仙道化劇との関連
5 成立年代考証のまとめ
四 「崔府君断冤家債主」と討債鬼故事
1 「崔府君断冤家債主」の原話について
2 「崔府君断冤家債主」に見える討債鬼故事の要素
3 AT四七一B「老父陰曹尋子」と「崔府君断冤家債主」
五 まとめ
第七章 雑劇「看銭奴買冤家債主」――息子の正体
一 はじめに
二 「看銭奴買冤家債主」について
1 「看銭奴」のテキスト
2 「看銭奴」の先行研究
3 「看銭奴」のあらすじ(『元曲選』による)
4 幸運児・張車子の話
三 長寿はなぜ「冤家債主」なのか
1 長寿の立場
2 長寿と従来の「冤家債主(討債鬼を含む)」との比較
四 討債鬼故事における悪意の分離
1 親が不可抗力で得た財を取り返す討債鬼
2 金を返しに来る息子たち
3 天帝の意志の執行者
五 「冤家債主」の変容とその意味
第三部 討債鬼故事と日本
第八章 落語「もう半分」に見る討債鬼故事の受容と変容
一 はじめに
二 討債鬼故事の日本への伝来
1 日本の討債鬼故事受容についての先行研究
2 近世の作品群
三 「もう半分」に見る討債鬼故事の変容
1 「もう半分」の先行作品
2 「もう半分」の類話――落語「正直清兵衛」と漢文小説「鬼児」
四 「もう半分」の各要素の検討
1 子供の容貌について
2 異形の者への変貌
3 「娘を売った金」ということ
第九章 もしも子供から「お前は前世で私を殺した」と言われたら――討債鬼故事の日中比較
一 はじめに
二 中国の討債鬼故事の親たち
三 日本の討債鬼故事と子殺し
1 討債鬼故事の伝来と変化――明治から昭和の例
四 子殺しの背景を探る
1 子殺しの背景 その一 ――鬼子殺し
2 子殺しの背景 その二 ――明治大正期における親子心中の増加
五 平成の作品における子殺しの考察
六 まとめと国際比較
補論 偽経『仏頂心陀羅尼経』の成立と版行・石刻活動
一 はじめに――『仏頂心陀羅尼経』の内容と成立
1 『仏頂心陀羅尼経』の内容
2 『仏頂心陀羅尼経』についての先行研究
3 『仏頂心陀羅尼経』は何処で成立したか――金石学資料からの考察
二 『仏頂心陀羅尼経』下巻第四話について
三 『仏頂心陀羅尼経』の写経活動
1 文献に見える写経活動
2 版本に見る『仏頂心陀羅尼経』の信仰形態
3 台湾中央研究院傅斯年図書館と北京国家図書館所蔵の拓本に見る金代の石刻群
四 まとめ
附 『仏頂心陀羅尼経』の主なテキスト
終わりに――討債鬼はどこへ行く?
主要参考文献一覧
中国における討債鬼故事および関連作品表
謝辞
索引
英文摘要・中文摘要
内容説明
金を奪われるか,借金を踏み倒された人物が死後,加害者の子供に転生し,重い病気になったり放蕩したりして,今度は逆に親の金を浪費する。その金額は盗んだ金や借金の額と同じであり,子供は取り立てが終わると親の心に深い傷だけを残して去っていく……。
討債鬼故事は中国において千数百年にわたり語り継がれてきた怪談である。本書は,この辛口の物語がどのように生まれ,展開していったのかを通時的広域的に追求し,その宗教思想的背景をも描いた独創的な研究成果。
元来インドにおいて輪廻とは不幸であり,復讐は否定される行為であったが,中国ではその二つを核とする討債鬼故事が仏教伝来七百年後の中唐期に誕生した。著者はその誕生過程を,六朝漢訳仏典に淵源する転生復讐譚,現存最古の討債鬼故事「党氏女」,そして動物へ転生する畜類償債譚の考察を通して丁寧に辿る。さらに元から明に作られた戯曲の分析から,その故事が運命の不条理に苦しむ親の心を慰撫する話へと変化する様を解明。最後に日本における受容をも論じて,結末の違いから日中で異なる家族観を浮かび上がらせる。
中国や台湾で今も身近であるが故に研究対象とされてこなかった討債鬼故事。しかしそれは,中国人社会の家族観・経済観・生命観・運命観を考える上でも多くの有益な知見を提供してくれる。文学研究のみならず,思想・歴史・民俗研究にとっても貴重な示唆に富む一書である。