目次
序論
1 問題の所在
(1)研究の意義
(2)構成
2 先行研究:古典的解釈と近年の研究動向
(1)古典的解釈
(2)近年の研究動向
第1章 ブルゴーニュ公国とエラスムスの君主論
1 はじめに
2 中世における「君主の鑑」論
(1)「君主の鑑」論
(2)ソールズベリーのヨハネス『ポリクラティクス』
(3)トマス・アクィナス『君主の統治について』
3 15・16世紀におけるブルゴーニュ公国とフランスの君主論
(1)エラスムス著作におけるブルゴーニュ公国史
(2)シャルル突進公時代の廷臣
(3)16世紀初頭フランスの君主論
4 エラスムスの君主論
(1)文学と統治
(2)専制批判
(3)君主・貴族・市民
5 おわりに
第2章 中世の継承者としてのエラスムス――1520年代の論争を通して
1 はじめに
2 カトリック神学者との論争
3 ルター主義者やルターとの論争
4 キケロ主義者批判
5 おわりに
第3章 エラスムス『リングア』における言語と統治――功罪と規律
1 はじめに
2 中世キケロ主義
(1)キケロと中世キケロ主義
(2)ソールズベリーのヨハネス『メタロギコン』
3 エラスムスにおける中世キケロ主義と言語の弊害
(1)戦争平和論における言語と理性
(2)『リングア』における言語の弊害
4 『リングア』における統治の二面性
(1)統治における功罪
(2)言語と統治における精神の規律
5 おわりに
第4章 エラスムスにおける善悪・運命・自由意志
1 はじめに
2 エラスムスにおける善悪と人間観
(1)理性・情念・人間本性
(2)原罪論
3 エラスムスの占星術批判と運命観
4 エラスムスにおける恩寵と自由意志
5 おわりに
第5章 エラスムスにおける「寛恕」と限界
1 はじめに
2 エラスムス統治論における「寛恕」と刑罰
(1)教育と統治における「寛恕」の両義性
(2)『キリスト教君主の教育』における死刑
3 エラスムス戦争論における「寛恕」の展開
(1)1510年代半ばの戦争平和論
(2)『トルコ戦争論』
4 エラスムス神学における「寛恕」と最後の審判
(1)エラスムスにおける宗教的異端への寛容
(2)『ヒュペラスピステス』における悔い改め
5 おわりに
第6章 エラスムス政治思想における「医術」
1 はじめに
2 「医術」としての統治
(1)古代・中世における医学的メタファー
(2)『医術礼讃』
3 暴君放伐論と民衆の抵抗
(1)中世における暴君放伐論
(2)『暴君殺害』
(3)エラスムスにおける民衆の抵抗と君主政
4 治療法としてのキリスト教の精神
(1)『リングア』におけるキリスト教社会の分裂
(2)『教会和合修繕論』における希望
5 おわりに
結論
あとがき
参考文献
索引
内容説明
北方ルネサンスの人文主義者エラスムス(1466-1536)は,わが国では『痴愚神礼讃』とルターの論敵として知られているが,彼の文学論,言語論,政治論,教育論,神学など多岐にわたる活動はあまり知られていない。またホイジンガやツヴァイクの伝記などから彼を非政治的で観想主義者とする古典的解釈が未だに流布している。
著者は初期の『エンキリディオン』(1504)や『パネギュリクス』(同)から晩年の『教会和合修繕論』(1533)や『エクレシアステス』(1535)に至る著作を通して,歴史的,思想史的観点からエラスムスの政治思想を考察する。欧米でもエラスムスの政治思想は軽視あるいは黙殺されてきたが,本書はマキアヴェッリやトマス・モア,カルヴァンに代表されるルネサンス・宗教改革期の政治思想史理解に新たなページを開くとともにエラスムスの全体像に迫る意欲的な作品である。
彼の思想の中心には,人間が過ちを犯すことと,過ちを改めることを前提とした人間論が存在する。その可謬性と改善可能性の緊張の中で政治権力を観察し,言葉による説得を通じた「悔い改め」という自己規律が最終的な破綻を予防するという,近代政治学の権力論とは異質な政治論を展開して,現代にも豊かな示唆を与えよう。