ホーム > 聖歌隊の誕生
目次
第Ⅰ部 予備的考察
第一章 音楽拠点研究の現状と課題
はじめに
第一節 研究領域の確立過程
第二節 音楽拠点研究の問題と本研究の立場
おわりに
第二章 「音楽拠点」としてのカンブレー大聖堂
はじめに
第一節 カンブレーに関する基本的事項
第二節 音楽拠点としてのカンブレー大聖堂
おわりに
第三章 史料
はじめに
第一節 カンブレー大聖堂参事会関連の史料の伝来と現状
第二節 「参事会審議録」
第三節 会計文書
第四節 その他の史料群
おわりに
第Ⅱ部 カンブレー大聖堂の聖歌隊
第四章 参事会の音楽保護政策
はじめに
第一節 聖堂参事会員の存在理由
第二節 代理の設置と財源の確保
第三節 競争原理の導入か――16世紀初頭の給与改革
おわりに
第五章 「音楽家参事会員」の実像
はじめに
第一節 「聖歌隊長」か一担当者か――職掌と採用基準
第二節 人物誌1――フラネルからジョルランまで
第三節 人物誌2――リニョ=ケルキュからミゾンヌまで
おわりに
第六章 代理とその周辺
はじめに
第一節 代理をめぐる基本的問題
第二節 代理の実態
第三節 下級代理の数量的分析
第四節 昇進の可能性
おわりに
第七章 少年聖歌隊
はじめに
第一節 研究史とカンブレー大聖堂の少年聖歌隊
第二節 求められる品行と教育――二つの規定集をめぐって
第三節 少年聖歌隊の実態
おわりに
第八章 少年聖歌隊教師と参事会の雇用戦略
はじめに
第一節 「熟練した教師」から「創造的メンター」へ――ヒギンズの主張
第二節 度重なる人事の失敗――ル・シャノワーヌからオブレフトまで
第三節 「生え抜き」の重用へ――ド・オランからリュピまで
おわりに
結論
あとがき
欧文要旨/索引/用語対照表/史料写真版/史料原文/付録表/史料一覧/邦語文献/欧語文献
第一章 音楽拠点研究の現状と課題
はじめに
第一節 研究領域の確立過程
第二節 音楽拠点研究の問題と本研究の立場
おわりに
第二章 「音楽拠点」としてのカンブレー大聖堂
はじめに
第一節 カンブレーに関する基本的事項
第二節 音楽拠点としてのカンブレー大聖堂
おわりに
第三章 史料
はじめに
第一節 カンブレー大聖堂参事会関連の史料の伝来と現状
第二節 「参事会審議録」
第三節 会計文書
第四節 その他の史料群
おわりに
第Ⅱ部 カンブレー大聖堂の聖歌隊
第四章 参事会の音楽保護政策
はじめに
第一節 聖堂参事会員の存在理由
第二節 代理の設置と財源の確保
第三節 競争原理の導入か――16世紀初頭の給与改革
おわりに
第五章 「音楽家参事会員」の実像
はじめに
第一節 「聖歌隊長」か一担当者か――職掌と採用基準
第二節 人物誌1――フラネルからジョルランまで
第三節 人物誌2――リニョ=ケルキュからミゾンヌまで
おわりに
第六章 代理とその周辺
はじめに
第一節 代理をめぐる基本的問題
第二節 代理の実態
第三節 下級代理の数量的分析
第四節 昇進の可能性
おわりに
第七章 少年聖歌隊
はじめに
第一節 研究史とカンブレー大聖堂の少年聖歌隊
第二節 求められる品行と教育――二つの規定集をめぐって
第三節 少年聖歌隊の実態
おわりに
第八章 少年聖歌隊教師と参事会の雇用戦略
はじめに
第一節 「熟練した教師」から「創造的メンター」へ――ヒギンズの主張
第二節 度重なる人事の失敗――ル・シャノワーヌからオブレフトまで
第三節 「生え抜き」の重用へ――ド・オランからリュピまで
おわりに
結論
あとがき
欧文要旨/索引/用語対照表/史料写真版/史料原文/付録表/史料一覧/邦語文献/欧語文献
内容説明
本書は「音楽拠点」研究という視点より,中世からルネサンスにかけての「音楽家」の社会的身分のあり方と彼らが属していた組織の解明を試みる。考察対象である15-16世紀は「ポリフォニー(多声音楽)」とよばれる複雑な音楽様式が開花した変革の時代でもあった。「音楽拠点」とは,貴族の私的礼拝堂や教会,都市といった前近代社会において音楽の生産,流通,消費を担っていた機関を指し,本書が扱うカンブレー大聖堂には膨大な史料が残されている。
大聖堂では参事会が日々の霊的・世俗的運営を担い,その下で彼らの代わりに聖務を行う「代理」と呼ばれる下級聖職者,そして数名の少年とその教師からなる「少年聖歌隊」が音楽活動を行っていた。「聖歌隊」の構成員は「聖職者」である一方,中世後期になると音楽に関する専門的な能力が求められるようになる。
著者は未刊行の「参事会審議録」を駆使して,参事会の施策や音楽に造詣が深い「音楽家参事会員」の経歴,「代理」たちの活動と人的構成,聖歌隊教師の音楽家としてのキャリアや雇用に関わる参事会との駆け引きなど多角的な分析を通して,聖職者と音楽家が未分離な状態のなかで多様な生命力に満ちた「聖歌隊」が形成されていく姿を解明する。
音楽史研究では音楽様式や大作曲家の作品・生涯を偏重し,多声音楽の発達と大作曲家の活躍によりクラシック音楽の芸術様式が形成されたと言われるが,実際は複雑で様々な可能性と限界のなかで生成されたことが明らかにされる。
大聖堂では参事会が日々の霊的・世俗的運営を担い,その下で彼らの代わりに聖務を行う「代理」と呼ばれる下級聖職者,そして数名の少年とその教師からなる「少年聖歌隊」が音楽活動を行っていた。「聖歌隊」の構成員は「聖職者」である一方,中世後期になると音楽に関する専門的な能力が求められるようになる。
著者は未刊行の「参事会審議録」を駆使して,参事会の施策や音楽に造詣が深い「音楽家参事会員」の経歴,「代理」たちの活動と人的構成,聖歌隊教師の音楽家としてのキャリアや雇用に関わる参事会との駆け引きなど多角的な分析を通して,聖職者と音楽家が未分離な状態のなかで多様な生命力に満ちた「聖歌隊」が形成されていく姿を解明する。
音楽史研究では音楽様式や大作曲家の作品・生涯を偏重し,多声音楽の発達と大作曲家の活躍によりクラシック音楽の芸術様式が形成されたと言われるが,実際は複雑で様々な可能性と限界のなかで生成されたことが明らかにされる。